インターネットの歴史

パケット通信

アメリカ国防総省ではユタ州の電話中継基地爆破事件をきっかけに核攻撃にも耐えられる通信網を構築することが急務となりました。1964年ポール・バランが「分散型通信について」という報告書を提出しました。一般にパケット交換方式と呼ばれるこの通信方法は、通信データを幾つかのパケット(小包)単位に分割し通信経路に送り出す方法です。

一般公衆電話回線は回線交換方式と呼ばれる方法です。これは通信している間、回線を占有します。電話を利用中に他から電話がかかってきても話し中になり接続できません。それは電話を一旦切るまでは回線を占有しているからです。電話を切って初めて次ぎの通信を開始できます。

それに対してパケット交換方式は一つの回線を複数の通信で共有する方法です。パケットというのは小包という意味で、行き先等を記述したヘッダ部分と通信データ部分からなります。長い通信データも一定の長さのパケットに分割して回線に送り出します。分割されたパケットは送信先まで同じ経路をたどるとは限りません。また順番通りに到着するとは限りません。

受信側では複数に分割されたパケットを順番に並べて組み立てて一つの通信データとします。通信回線では一つのパケットに占有されるのではなく、次々と送られて来るパケットのヘッダ情報を参照して送り先に向けて次の中継地へ振り分けて行きます。振り分け作業を担当するコンピュータをIMP(現在のルータ)と言います。