インターネットの歴史
ユタ州電話中継基地爆破
1961年アメリカのユタ州で3カ所の電話中継基地が爆破されるという事件がありました。当時のアメリカは旧ソビエト連邦との冷戦状態であり、戦争攻撃かテロか原因がわかるまで大変な騒ぎになりました。犯人はアメリカ国内のテロであり、他国からの攻撃ではなく戦争にはなりませんでしたが、この事件は国防に大きな問題がある事を提議しました。
ユタ州という一つの州にある、たった3カ所の電話中継基地が機能しなくなっただけで、アメリカ全土の軍用回線が完全に停止し、国防の弱体化が露呈しました。アメリカ国防総省ペンタゴンでは、当時の電話回線網では国防には全く役に立たないと判断し、核戦争にも耐える通信システムの構築が急務となりました。
例え数カ所の電話中継基地が機能しなくとも全体に影響しない万全の通信体制を構築するための研究が開始されました。アメリカでは、これよりさかのぼる事100年程前は西部劇の映画に出てくる様な時代でした。1860年代頃のアメリカには駅馬車と呼ばれる交通システムがありました。
駅馬車は隣町との間を往復するだけの交通システムで、遠方の町へ行く人や郵便物は隣町まで行くと、また次の隣町へ行く駅馬車へと乗り継いで目的地まで行きます。この交通システムでは一カ所の中継地が機能しない場合は別の中継地、つまり別ルートを経由して目的地に到着する事ができます。アメリカ国防総省は新しい通信システムに、この交通システムを取り入れました。これが現在のインターネットへと発展する訳です。